震災チャリティー先からの手紙

2015.02.18

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チャリティーミサンガでご支援させて頂いているアニマルクラブ石巻の代表の方からのお手紙です。

http://item.rakuten.co.jp/sistina/10000505/

 

支援者の皆さまへ

 

いつもお心にかけて頂き、ずっと応援してもらってありがとうございます。

それなのにお礼もお伝えしないできたことを心苦しく思いながら相変わらずやるべきことの半分も出来ないまま月日に追い越されています。

震災から1〜2年の頃はこの先はだんだんに活動にも余裕が出てくるだろうと想っていましたが、被災地には元の生活に戻れない人が大勢いて、その周りにいる動物たちを巻き添えにしたり、中途半端な関わりから責任の持てない命を増やしたり…. 動物たちの受難はとめどなく、あちらこちらから入ってきます。

仮設住宅からの引っ越しが進めば「ペットを連れては行けない住宅に引っ越す」とか、餌付けした野良猫を置き去りにしたり… なぜそんな選択をしたのか理解できませんが、感情と自己都合のままに曖昧な行動を取り(被災者慣れ)なのか…問題は他人に解決してもらって当たり前の人が増え、そして「経済的に苦しい」という言い訳を震災前よりずっと多く聞きます。

寒い日々が続く中、私は「お父さん」と呼んで16年間頼りにしてきた猫の「団蔵」を亡くしました。

交通事故から日数が経ち、腐れた後ろ足としっぽを泥だらけの雑巾のように引きずっていた頃に出会った時「5〜6歳にはなっているだろう」と言われた野良猫でしたから、もう20歳以上になっていたと思われます。

震災で1階が津波被害を受けて2階の3畳足らずの納戸で12匹と寝起きしたスタートから収容頭数が増えて別々の部屋で寝ざるを得ない生活になり、「また団ちゃんと一緒に暮らせる部屋を持つ」のが私の(復興)の目標でした。

一昨年近所に家を借家を借りて老猫や病気持ちの猫達と共に引っ越してその願いは叶いました。

その後、団蔵は腎機能低下に加え痴呆症が進み、あちこちで排泄して、食べ物をくれ鳴き続け、異常な食欲にも関わらず体重1.7キロにまで痩せました。

生きようと必死だったのだと思います。

年末から何度か死にそうになりながら持ち直し、そして最後の1ヶ月は「智恵子抄」の如く「こういう命の瀬戸際に団蔵は元の団蔵になり」元の賢くて穏やかな団蔵に戻って「抱っこして」と甘え、歌を歌ってとせがんでうっとりして聴いていました。

 

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また後ろ足のない団蔵を前足を失った「トラ」が付きっ切りで介護して、歯茎に膿が溜まって頬に穴を開けて抜いた傷口まで…躊躇なく舐めてきれいにしてくれました。

 

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団蔵は隣にいたのに、いつ事切れたか気づかないほど静かな最後でした。

 

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小さな命の痛ましい惨事を日常茶飯事のように見聞きする私にとって、団蔵の生涯は(命の持つ可能性)と(納得いく命の終え方)を体感させてくれました。

活動が長くなると高齢の犬と猫が多くなり、ここ2年余は介護と看取りの繰り返しでした。

減ってしまった分…入ってきた子猫たちのほとんどは里親さん宅へ巣立っていくのですが、人馴れしない子など毎年数匹残ります。

また団蔵のように交通事故で体に障害を持った子や飼い主に先立たれた高齢の子、トラバサミなどで虐待で体が不自由になった子、行き倒れを保護して命は取り留めたものの病気持ちの猫など… 苦労を乗り越え生き延びた(理由あり猫、犬)が仲間入りしました。

2つの住居に訳90匹を収容するようになって、おびただしい暖房費がかかりますが、特に高齢猫には保温が生命線になります。

だから冬は支援者の方々への感謝を身にしみて感じます。

助けようと連れて来た命なのですから迎えてくれる家がない子はせめて無理や我慢を強いることなく出来るだけ心地よく生活させたいと思っています。

そして里親さん宅に行ったり、ここに保護された子だけが守られても社会は何も変わらないから、この寒空の下で発情期を迎えている野良猫を捕獲して避妊する活動を進めなければなりません。

スタッフを派遣してくれる病院の人手不足によりアニマルクラブの避妊予防センターが12月から週1日の開院になってから野良猫の手術を入れる余裕がなくなりました。

どうしたものか思案していましたが、このままでは春にまた野良猫がたくさん生まれてしまいます….

お金を払って系列病院の空きのある時に手術をしてもらうことと、休日にアルバイトとして避妊予防センターに来て手術してくれる獣医さんを探してもらうことにしました。

 

 

こんな風に手探りで光を探し、津波の中を胸まで水に浸かって歩いて家路を辿った時のように、足探りをして前に進む日々で、将来のことなど何も約束できませんが… その日その時できることをやっていきます。

そして、そんな震災からの活動が映画になりました。

一昨年前公開された「犬と猫と人間と2〜動物たちの大震災」に入れなかった石巻の映像を編集して、その後の動物たちや活動の様子を加えた(石巻編)です。「笑いもある震災映画」をコンセプトに私がプロデュースして、宍戸監督のお尻を叩いて制作してもらった作品なので、時々笑いながらご覧いただけたら幸いです。

ご家族やお友達にも観ていただければなお嬉しいです。もしも小さな上映会など企画してもらえたら被災地の動物たちのその後にも目を向けてもらえるきっかけになるかもしれません。

「お父さん」を亡くし、独り身になりましたが私は元気です。

今年もどうぞよろしくお願いします。

 

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2015年2月14日

アニマルクラブ石巻

阿部 智子

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